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山口地方裁判所宇部支部 昭和50年(ワ)13号 判決 1978年5月09日

原告

新山数枝

被告

有限会社つばめ交通

ほか一名

主文

被告有限会社つばめ交通は原告に対し、金九六五万二、九四四円及びこれに対する昭和四九年三月七日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

被告有限会社つばめ交通に対するその余の請求及び被告國冨信人に対する請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、原告と被告有限会社つばめ交通との間においては、原告に生じた費用の一〇分の三を被告有限会社つばめ交通の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告國冨信人との間においては全部原告の負担とする。

この判決は、一項にかぎり金五〇〇万円の範囲内において、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金一六〇六万九、〇五三円と、これに対する昭和四七年四月二〇日から〔更正決定昭和四九年三月七日から〕支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

原告は次の交通事故によつて受傷した。

(一) 発生時 昭和四七年四月二〇日午後六時一〇分ころ

(二) 発生地 宇部市朝日町六番地先路上

(三) 加害車

(1) 第一加害車 被告有限会社つばめ交通(以下被告会社という)所有、繁永安邦運転の普通乗用車(タクシー、山五い一六〇七号、以下甲車という)

(2) 第二加害車 被告國冨信人所有かつ運転の普通乗用車(山五五も九一五六号、以下乙車という)

(四) 事故の態様 原告は甲車に乗車していたところ、前記場所において、甲車と乙車が衝突し、原告に頭部外傷Ⅱ型、頸部捻挫、右膝関節打撲傷、平衡機能障害、聴力障害等の傷害を負わせた。

2  被告らの責任

被告会社は、甲車を所有し、その従業員繁永安邦に自己の業務であるタクシー運転に従事させ、もつて甲車を自己の運行の用に供していたものであり、被告國冨は、乙車を所有し、かつ自ら乙車を運転して運行の用に供していたものであるから、いずれも自賠法三条及び民法七一九条により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 入通院慰藉料 一四四万円

原告は、昭和四七年四月二二日から同年六月二五日まで上宇部外科に入院して治療し、同年四月二〇日、二一日及び同年六月二六日から同年七月一二日までの間同医院に通院治療し、同年八月七日から同年一一月四日まで宇部興産中央病院に入院治療し、同月五日から昭和四九年三月六日まで同病院に通院治療した。以上約五か月間の入院治療と約一八か月間に及ぶ通院治療を余儀なくされたものであつて、これによつて原告が蒙つた精神的苦痛を慰藉するには、一四四万円を必要とする。

(二) 入院雑費 七万五、〇〇〇円

一日五〇〇円で一五〇日分

(三) 休業損害 一三九万一、〇四〇円

原告は、スナツク喫茶「道」を経営し、本件事故前に一か月平均六万一、八二四円の収入があつた。原告は本件事故当日から、症状が固定した昭和四九年三月六日までの約二二か月半にわたり休業を余儀なくされ、一三九万一、〇四〇円の休業損害を蒙つた。

仮にスナツク喫茶「道」の経営による収入が認められないとしても、原告は、家庭の主婦として家事労働に従事してきたが、本件事故による受傷のため、事故当日の昭和四七年四月二〇日から同四九年三月六日まで約二二か月半の期間家事労働に従事できなかつた。ところで、家事労働に従事する主婦は同年齢の女子労働者の平均収入と同額の収入をあげうるものと評価すべきであり、かつ原告は、昭和一一年一〇月四日生まれで、本件事故当時満三五歳であつて、昭和四八年度賃金センサスによると、三五歳の女子労働者の年間給与額は八二万九、二〇〇円従つて月平均給与額は六万九、一〇〇円であるから、これに二二・五か月を乗じた一五五万四、七五〇円が本件事故により蒙つた原告の休業損害であるが、右のうち一三九万一、〇四〇円を休業損害として請求する。

(四) 後遺障害による逸失利益 一一六六万三、〇一三円

原告は、本件事故により聴力障害(左耳は聾、右耳は平均七〇デシベル程度の聴力低下)、平衡機能障害(立直り反射成績極めて不良、左迷路機能廃絶)、頭痛等の後遺障害を遺したが、聴力障害は自賠法施行令別表第六級三号に、平衡機能障害は同表第七級にそれぞれ該当し、これらを併合繰上げすると、同別表第四級に相当するものである。ところで、原告の年収は七四万一、八八八円(六万一、八二四円×一二)で、第四級の後遺障害の労働能力喪失率は九二パーセントであり、原告の就労可能年数は三一年であるから、後遺障害による原告の逸失利益は一一六六万三、〇一三円である。

また、休業損害の場合と同様、スナツク喫茶「道」の経営による収入が認められないとしても、主婦としての年間給与額八二万九、二〇〇円が認められるから、逸失利益額は一四〇五万二、七一七円(円未満切捨)となり、右のうち一一六六万三、〇一三円を逸失利益として請求する。

(五) 後遺障害に伴う慰藉料 六八七万円

前記後遺障害によつて原告が蒙つた精神的苦痛を慰藉するには、六八七万円が必要である。

(六) 弁護士費用 一五〇万円

4  損害の填補

以上で原告の蒙つた総損害額は二二九三万九、〇五三円であるが、原告は自賠責保険から後遺障害補償として六八七万円を受領したので、右金員を右総損害額から控除する。

5  結論

よつて原告は被告ら各自に対し、一六〇六万九、〇五三円とこれに対する不法行為の日の後であり、かつ症状固定の日の翌日である昭和四九年三月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告会社

請求原因1の(一)ないし(三)の事実及び(四)のうち甲車(原告乗車)と乙車とが衝突し、原告が受傷したことは認めるが、傷害の内容は知らない。2の責任あることを認める。3の(一)のうち、通院治療期間が約一八か月である点は否認し(通院治療期間は前後を通じて約一六か月半、実治療日数は二か月に満たない。)、慰藉料額は争うが、その余の事実は認める。(二)の入院雑費額を争う。(三)のうち休業損害額を争い、その余の事実は知らない。(四)のうち逸失利益の額は争い、その余の事実は知らない。(五)の慰藉料額を争う。(六)の弁護士費用額を争う。

2  被告國冨

請求原因1の(一)ないし(三)の事実及び(四)のうち甲車(原告乗車)と乙車とが衝突し、原告が受傷したことは認めるが、傷害の内容は知らない。2のうち被告國冨に責任のあることは争うが、その余の事実は認める。3のうち、各損害額を争いその余の事実は全て否認する。4のうち原告が主張の金員を受領し、右金額が原告の総損害額から控除さるべきことは認める。

三  抗弁

1  被告國冨の無過失等による免責の主張

本件事故は、交差点における衝突事故であるが、被告國冨は事故現場付近の道路を北進し、右交差点にさしかかつたが、当時その進路の右側及び右方道路から交差点に向つて左側にはそれぞれ多数の車両が駐車しており、かつ曇天で見通しも悪かつたので、時速約二〇キロメートルで可能な限り左右の安全を確認したうえ交差点内に進入したところ、突然右方道路から甲車が現われ、乙車の右側ほぼ中央部に衝突したものであつて、本件事故は一に甲車の運転者繁永安邦が、右交差点を左折するのにもかかわらず、時速約六〇キロメートルの速度で同交差点に進入した一方的過失によつて惹起されたものであり、被告國冨には何らの過失も存しなかつたのである。又、当時乙車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。従つて被告國冨には本件事故につき何らの責任も存しない。

2  被告國冨の示談の成立の主張

原告と被告國冨との間には、自賠責保険金額以上の損害は同被告に対しては一切請求しない旨の示談が成立した。従つて被告國冨は原告に対し、何らの賠償義務をも負担しない。

3  弁済及び損益相殺の主張

原告は被告会社から合計五四万円、被告國冨から一〇万円、自賠責保険から原告の自認する六八七万円のほか四四万四、三八四円を受領したから、右合計一〇八万四、三八四円を原告の請求額から控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1、2は否認し、3は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  争いない事実

請求原因1の(一)ないし(三)の事実及び同(四)のうち甲車と乙車とが衝突し、原告が受傷したこと、2のうち被告國冨に責任の存すること以外の点は当事者間に争いなく、請求原因3の(一)のうち通院治療期間及び慰藉料額以外の事実は、原告と被告会社の間で争いなく、請求原因4のうち原告が主張の金員を受領し、右金額が原告の総損害額から控除さるべきことは、原告と被告國冨との間で争いがない。

二  被告國冨の責任の存在について

被告國冨が乙車を所有し、かつ自ら同車を運転して運行の用に供していたものであることは原告と同被告の間において争いがなく、同被告は、無過失等による免責の主張をしているが、後に判示するとおり右主張は認められないから、被告國冨に責任のあることは明らかである。

三  被告國冨の無過失等による免責の主張について

被告國冨が無過失であることを認めるに足る証拠はないから、その余の点につき判断するまでもなく、同被告の無過失等による免責の抗弁は採用できない。

四  被告國冨の示談成立の主張について

成立に争いのない乙ロ第四号証、証人吉田正人の証言によつて成立の真正を認める乙ロ第二、第三号証、弁論の全趣旨によつて成立の真正を認める乙ロ第一号証、証人新山忠及び同吉田正人の各証言並びに原告及び被告國冨各本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。本件事故発生の二日後である昭和四七年四月二二日に、被告会社と被告國冨との間で(一)車両損害については各自の負担とする、(二)原告の損害については被告会社の負担とする旨の示談が成立したが(尤も右示談成立当時、原告の受傷の程度は皆無に等しいか、あつても軽傷であろうと双方とも考えていた)、右示談成立の四月二二日に原告は上宇部外科医院に入院した。原告が受傷していることを被告國冨がはつきりと知つたのは、事故後二、三か月のちのことで、さらに同年一一月一〇日ころ原告の損害賠償の件で、原告が経営していたスナツク「道」に原告の夫新山定利(弁論の全趣旨により原告の代理人と認められる)、原告の兄某、古田某と被告國冨、その父吉田正人が集まり、その席上、「原告が入院して長期に療養の必要があり困つているから援助してくれ」「損害賠償は被告会社の方で負担するといつているので、同社からしてもらつて欲しい。」「被告國冨の方も協力、援助してもらいたい。」「被告國冨にも責任がないわけではないので、自賠責保険の範囲内で協力します。しかしそれ以上は援助できない。」「それで結構です。被告國冨にはそれ以上は迷惑はかけません。」大要以上のようなやりとりがなされ、その後原告は、被告國冨の自賠責保険から治療費等として四〇万円、後遺障害補償として三四三万円を受領した(同被告は、右四〇万円のほか見舞金として一〇万円を原告に支払つているが、同被告は後に加害者請求をして右一〇万円を自賠責保険から受領している)。以上の事実が認められ(ただし、右自賠責保険金等の支払については、原告と被告國冨との間において争いがない)、右認定を覆えすに足る証拠がない。右に認定した事実並びに争いない事実によると、昭和四七年一一月一〇日ころ、原告と被告國冨との間において、同被告の加入している自賠責保険から支払われる保険金の限度で責任を負い、原告は同被告に対しては右限度額以上の請求をしない旨の合意が成立したものと認められ、しかも原告は自賠責保険から合計三九三万円(被告國冨が先に原告に支払い、後に自賠責保険から受領した一〇万円を含む)を受領しているのであるから、同被告は原告に対し、他に何らの賠償義務がないことになる。

五  損害

1  入通院慰藉料 九〇万円

原告と被告会社の間で成立に争いのない甲第二号証、原告本人尋問の結果によつて成立の真正を認める甲第三号証並びに原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故によつて、頭部外傷Ⅱ型、頸推捻挫、右膝関節打撲傷の傷害を蒙り、昭和四七年四月二二日から同年六月二五日まで六五日間上宇部外科医院に入院治療し、同年四月二〇日、二一日及び同年六月二六日から同年七月一二日までの間同医院に通院治療し(実日数一七日間)、同年八月七日から同年一一月四日まで九〇日間宇部興産中央病院に入院治療し、同月五日から昭和四九年三月六日まで右病院に通院治療した(実日数四八日間)ことが認められる。右入通院により原告の蒙つた精神的苦痛を慰藉するには、九〇万円を相当と認める。

2  入院雑費 四万六、五〇〇円

入院一日当り三〇〇円要したものと推定され、この推定を妨げる特段の事情は認められず、従つて、入院一五五日間で計四万六、五〇〇円である。

3  休業損害 一三九万一、〇四〇円

原告本人尋問の結果によると、本件事故当時原告はスナツクバー「道」を経営していたことが認められるが、これによりいかほどの所得があつたかの証拠がない。かゝる場合家事専従の主婦と同様、同年齢の女子労働者の平均給与額相当の収入があつたものと評価するのが相当である。ところで、前記甲第二号証によると、本件事故当時原告は満三五歳であつたところ、昭和四八年度賃金センサスによると、満三五歳の全国女子労働者の平均給与額は、年八二万九、二〇〇円であるから、月平均給与額は六万九、一〇〇円である。そして、前掲甲第二、第三号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は約二二・五か月間休業を余儀なくされたものと認められるから、本件事故による原告の休業損害は、一五五万四、七五〇円であるので、原告請求の一三九万一、〇四〇円が休業損害として認められる。

4  後遺障害による逸失利益 八九六万九、七八八円

前掲甲第二、第三号証、原告本人尋問の結果、及び右尋問の結果によつて成立の真正を認める甲第四号証、鑑定人中島恒彦の鑑定の結果並びに争いない事実を総合すると、原告は本件事故による前記傷害に対し、前記治療の結果、昭和四九年三月六日症状固定したが、左耳が聾に、右耳は気導聴力平均六八デシベル程度の感音性難聴となり、又、左迷路機能廃絶となり、立直り反射は極めて不良であつて、右障害は今後も存続する可能性が大きく、回復の可能性は少ないこと、右後遺障害の程度は総合して自賠法施行令別表第四級に該当することが認められ、乙イ第一五号証の二の記載及び証人新山忠の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかして、前掲甲第二号証によると、右症状固定当時原告は満三七歳であり、前記賃金センサスによると満三七歳の全国女子労働者の平均給与額は年八二万九、二〇〇円であり、なお、原告の後遺障害の程度は前記のとおり第四級相当であるが、前判示の後遺障害の部位や仕事の種類を考慮すると、原告の労働能力の喪失率は六〇パーセントとみるのが相当であり、又、原告は統計上爾後三〇年間稼働可能と推定されるので、右後遺障害による原告の逸失利益は八九六万九、七八八円となる。

〔算式 829,200円×0.6×18.029=8,969,788円〕

5  後遺障害による慰藉料 五五〇万円

前記認定のとおり原告は第四級相当の後遺障害を蒙り、又当時満三七歳であつたから、右後遺障害によつて原告が蒙つた精神的苦痛を慰藉するには五五〇万円が相当である。

六  損害の填補

以上で原告の総損害額は一六八〇万七、三二八円となるが、原告が自賠責保険から後遺障害補償として六八七万円を受領し、右金員が右総損害額から控除さるべきことは原告の自認するところであり、又、原告が被告会社から合計五四万円被告國冨から一〇万円、右六八六万円のほか自賠責保険から四四万四、三八四円を受領したこと、右合計一〇八万四、三八四円が右損害額から控除さるべきことについても当事者間に争いがない。そこで右各金員(合計七九五万四、三八四円)を控除すると、八八五万二、九四四円となる。

七  弁護士費用 八〇万円

認容額及び本件訴訟の経過に鑑み、八〇万円を以て本件事故と相当因果関係にある損害と認める。

八  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告会社に対しては、金九六五万二、九四四円とこれに対する不法行為ののちであり、症状固定の日ののちである昭和四九年三月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、被告國冨に対しては、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田昭)

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